2009年 9月30日  高曇り。乾いた風。


2週間の入院の間、循環器系病棟に寝ていると、回りは、みんな後期高齢者で、(少なくとも僕の周りの)彼等は、まあ、本当に話し好きなのだ。あっちからこっちまで様々なお話を聞くことが出来て、そこから一人で考えることも多々あり、時間は暇だと気付く間もなくすぎていった。言うまでもなく、しかし、ふとという感じで自分を見れば、僕も充分に彼らの仲間にくくられる顔をしているわけで、おじいさんになっていたのだということをシミジミ自覚した/させられた。


15日はまだまだ続く。その日外来最後の患者だったので、しばらく待ったが、そんなに長くはなく診察室に呼ばれる。ついA野君と呼んでしまいたくなるほど若い男子の医者だった。僕が持っていった、仙台東での心電図やレントゲン写真を見て、すぐ、いくつか検査を新たにするように指示され、検査室を回る。普通の病院だと、結果はこの次の診察の時ね、となりそうな血液の検査なども含め、心電図、心臓エコー、レントゲン、後何かあったかなというような様々な検査が、待っている間にできて来て、しかも、それがどうも一つの画像にまとまって表示されているようなのだ。これまで見たことのない僕の心臓の3D画像が彼の手元にプリントアウトされてきていた。結果カテーテルを入れて、直に心臓の血管を見て診断ということになる。

手首の動脈から入れて何でもなければ一晩泊まっておしまい。これをすれば、すべてはっきりするから。いや、あの、入院の用意何もして来てないんですけど。大丈夫、全部貸すから。えっ、そうは言っても心の準備が、、、。(でも、ま、どうせなるようにしかなんないのだから、テキパキやっちゃった方が良いな。覚悟。)はい、ではお願いします。

看護婦(師か?)さんが代わりに出て来て、これからやる「検査!」の説明。了解、サイン。その他、なんだかヤバそうなことになってもいいねの説明。でも、やることのリスクは0、数%で、しないと90なん%死ぬけど。わかりました、サイン。いざ!という時の連絡者住所電話番号。記入。でも、自分としては、まだ、検査をするのだろうと心理的には理解。担当の看護婦さんと「カテーテル処置室」の前に移動する。狭い廊下の椅子に座って待つ。着ているものは、すべて透明なプラスティック袋に詰め込み、パンツ一枚になって患者用パジャマを着る。まったく手術室とかそういう感じではない。なんだろう、大学の部室棟の前の廊下という感じ。みんな若く元気いっぱいで、テキパキと、しかしリラックスした、会話が飛び交う。ただ、みんな手術用の青や赤紫の上下を着ていて、プラスティックのエプロンをしている人が大勢と、白衣を羽織っている人が少し。ほとんどん人は忙しそうに動き回っていて、モニターの画面を注視しているグループもあちこち。

心の準備もあらばこそ、ドサクサドタバタのうちに幅の狭く固い(主観では)検査用(正しくは処置用)ベッドに仰向けに寝る。左手を一段高い台に軽く固定し、体全体用と、それとは別に腕に、手首の所だけ穴の空いたゴム引き(のような感じのする)布をかぶせられる。お、いよいよだなと思う間もなく、手首の消毒(イソジンの濃いのを塗る)と部分麻酔(歯医者さんでされる、細い針が最初チクって痛いやつ)。あ、なんだなんだと思った時には、既に作業(手術)は始まっているのだった。何処も痛くはないのだが、腕の肘の内側辺りをゾワゾワと何かがハイ昇っている感じが一瞬。目に入る範囲では、誰も僕の方は見ていなくて、足下の方にあるモニターを見ている気配。そこからの声で指示があるたびに、寝ている僕の胸の周りを自由に動く太い腕木に付いたカメラのようなものが、上下左右にグルグル動き(主観的には飛び)回る。ググっと離れたり、皮膚にくっつかんばかりに近寄ったり。ううむ、あのスターウオーズの宇宙船の治療室は既に現実の物になっているのだな。

そうこうしているうちに、モニターのあたりから「ああっ!」という声。みんな一斉にそちらにゾゾッと寄った感じ。ええっ、いったい何が「ああっ、なの?」。すると、寝ている頭の上の方から看護婦さんの顔がニュウッと出て来て「気分悪くないですか?」と優しく聞いてくる。本当はちょうど軽く吐き気がしてきていたのだけれど「今のところ大丈夫です」と言っておく。深呼吸。この処置室の中で、僕の見たうちでは比較的年配の(多分)お医者さんが頭の方に寄って来て「中から見てみたら、何カ所かだいぶツマッている所があったので、直しておきますよ」とさっきの「ああっ」の説明をしてくれる。「ぜひ、お願いします」。声から察するに、足の方では、なんか悪戦苦闘している感じが伝わる。「先生、ここは!」って、やってる最中に聞くなよな、お願いだから。でも正しい方向でお願いね、聞いても良いから。深呼吸。「アッ、しばらく大きく呼吸しないでいてね」の声。ヒヤーっ、肺が動くとヤバいとこやってるんだ。頑張ってくれよう。できるだけ浅い呼吸するからさ。ドキドキ。あっ、ドキドキしちゃだめなんだ。

再び看護婦さんが現れ「気分大丈夫ですか」と聞いてくる。ふと気がつけば、吐き気はだいぶひどくなって来ていたが「まだダイジョブです」と言ってしまう。看護婦さんはニコッと(マスクをしているので見えないのだが、感じでは)して引き下がって行った。その直後から吐き気は急速に引いて行く。もちろん、点滴に何か薬が増やされたのだろうということは後になって気付くことだが。俺って、ほんとに小心者だからね。呼吸数や血圧にすぐ出るんだろうなあ。バレバレだ。

本人は15分ぐらいだったと思っていたが、本当は1時間弱かかった「カテーテルを使ったステント埋め込み手術」は宵の口に終了した。僕の心臓には、今の所2カ所、ステントという人工血管補強材が付いた。終わって、自分で腰を浮かしてベッドを乗り換え、ベッドに寝たまま処置室から運び出される時に看護婦さんから「娘さん来てますよ、お孫さんも。」と言われて、ううむ、けっこうシリアスな手術だったのだな、ということが実感された。物理的には、左手首にきつく幅広で透明なプラスティックテープが巻かれていてイズイ以外、痛い所はなく、もう立って歩いて移動したいと思う程身体的な負担は感じられないのだった。むしろこれが、この手術の最も難しい所なのだそうだ。身体的に無理がないので軽かったと勘違いし、すぐ無理をしてひどい再発。終わった直後、僕も、大手術をしたという思いはなかった。検査の延長で、ちょっと心臓の手入れをしたという感じだった。でも、何かの時には来てくれる娘が、僕からの連絡はしていないのにそこにいたということが、何か重大なことだったんだという自覚を促した。その日はそのままナースステーションの側の集中治療室に泊まった。右手は自由なので、導尿はされず溲瓶でおしっこをし、結構深く眠れた。これで、僕も少しサイボーグ化したんだなあ。