私がここにこうして居る。

そのこと自体が、
大変なことなのだ、
という自覚。

嬉しい。



2017年 6月24日      
 高曇。 底冷えを感じる暖かい空気。

山形寒河江の親戚から届いた一箱の桜んぼうへのお礼のハガキを今出してきた。毎年この時期になると美味しいさくらんぼが届くのだが、同時にこの時期僕は何やかにや活動が重なってきて、家にいる時間が不規則になる。明美さんがいるときも同じだったのだが、今年は、彼女が確実にいなくなってしまったので、親戚は僕がいる時間を確認してきた。彼女がいるときも、明美さんは昼寝ていることが多くて、状況は同じようなものだったのだが(僕が帰ってきてから宅急便に電話して、再配達してもらった)、今年は、確実に僕しかいないので、彼らは時間を聞いてきた。しみじみ、昼に寝ている彼女のことを考えた。今、彼女が寝ていた場所で、僕がこの文を書いている。

この1ヶ月、毎日何やかにや仕事をしている。自分がしたいことは少しで、あとは頼まれ仕事、美術館にいた時から引きずっている様々な活動など。公務員の仕事が身についてしまっているので、なかなか謝金を取る/もらう間合いがわからない。本当のボランティア。間違うと命を失う志願兵。ううむ、それでいいか。

美術館の事務方から、失業保険をもらうための書類が一袋届いた。次の仕事を滞りなく探し、採用されるための手続きに必要な様々な書類。僕は、相当貧乏になったとしても、もう誰かに雇われて継続的な雇われ仕事をする気にはなれないので、仕事探しの書類はほっておいて、早くゴミ箱に捨てようと思っていた。若い友人が遊びに来た時、この捨てようとしていた書類のことを話したら、あなたは長い間公務員で給料から様々天引きをされていたはずだから、そのままほっておいてはいけないと言われた。非常勤で食いつないでいる彼らに言われると、僕は少し萎縮する。ううむ、僕は本当に社会性?がないんだなあ。
書類をよく読み、様々書き込み、写真と書類を用意し、なんと面倒臭いんだろうと嘆きながら、朝一で仙台駅東口のハローワークに行った。みんなに聞くとすごく待つというので、8時半少し前に着くように行ったのだ。3人くらいの人が既にいた。ガードマンの人が大変丁寧だった。職員の人たちもみんな丁寧だった。でも、僕はもうこれ以上働く気はないのですということを伝えた。もう充分働いた。1週間後にもう一度来なさいと言われ行くと、すぐに呼ばれて、これが最終振り込みですという金額の入ったヒラヒラの小さい書類を渡され、終了。形式的にでも仕事を探しているんですという素振りをするのだそうだが、もういいよ。で、終了。なんていう活動。

僕の甥は、もう高校生で、陸上競技をやっている。中距離走。いい機会なので、ものすごくしばらくぶりに高校総体の県南予選と、県総体を見に行った。宮城野原の仙台市競技場と、利府の県競技場。様々な仕組みが良く分かっていない(僕が知っているのは今から45年も!前のやり方)ので、宮城野原には8時に入って、1日炎天下の芝生に寝転んで、高校生が準備し、走り回り、飛び、跳ね、投げ、それを見たり応援するのを、つぶさに望遠鏡で見ていた。不審者だな。でもつかまらなかった。その代わり、ひどい日焼け。ほぼ全ての高校が共学になっているのは、なんだか慣れない。皆んななんだか仲良しに見える。高校生ってあんなに仲良しなの? 競歩があるのが慣れない。面白いけど。ゴールテープがないのが嫌だ。テープ切んないと、勝った気しないんじゃないの? とかなんとか、嫌いだと言いつつ1日見ていた。全く飽きず、気がついたら最後まで見ていたのだった。見るのが僕の仕事になっていたのだなあとしみじみ思う。他人が一生懸命運動しているのをきちんと見る楽しみ。

僕の甥の彼は3年生で、800メートルを良い成績で県大会に進んだので、利府も見に行った。県大会はさすがに全県下からくるので大きく、2日間行った。同じように面白かったが、全県になると数少ない女子校からの選手が出てくる。共学校の女子と女子校の女子との違いが、面白かった。付き合い始めたばかりの頃の白百合女子高の明美さんを見るような白百合の選手が後ろの方を一生懸命走っているのを見て、少し涙が出たりするのが嬉しかった。それから各校の若い先輩連中が見にくる。親だけでなく、僕のような年取った先輩連中も見にくる。そういう人たちを見るのも面白かった。みんな元気そうで格好いい人たちだった。僕はどうか。やや反省。本当は電車とバスを使って、利府の競技場まで見に行きたかったのだが、甥の親(僕の弟)が、それは無理だというので彼らの車で行った。行って確認したが、無理ではないが、すごく大変なのは本当だった。本数も足りない。県や市や大会本部はもっと公共交通機関であそこに行きやすいようにするべきではないかと思う。アメリカが、パリ協定から離脱するかどうかということより、こういうことをきちんとして、皆んな自動車を使わないで行けますよとアナウンスすることのほうが大切だと思うがなあ。

僕の下の娘の家族は、調布に住んでいる。3人子供がいて下の男の子は、青空保育園という大きい公園で保育をするグループに通っている。前からそこを見に行きたいと思っていたのが、6月の初めに実現した。前の日に三鷹のジブリ美術館に行って、その次の日保育活動を見た。ジブリは興味深かったが、アニメを実物にするのは、イメージが固定されてしまうという、アニメ最大のやばいところを固定してしまうので、僕のようなおじいさんにはあんまり面白くなかった。僕が彼らの作ったアニメの世界から受けたイメージの方が、常に、そこにある固定された映像よりリアルだということを気付かされただけだった。次の日1日、自由に広い公園で遊びまわる子供達と一緒にいた方が、はるかにリアルについて考えることができた、ように思う。


あれ? 結構好きにやってるなあと、ここまで書いてきて思っている。こういう生活の合間を縫って、そあとの庭でやっていた児童館の人たちとの活動や、山形の保育所の人たちとの美術館探検、視覚障害の人たちとの美術探検などが入ってきた。好き嫌いとは別に、一つの活動をすると、その後2日くらい回復にかかるようになってきたので、時間が過ぎるのが早いのかなあ。on,off両方の自転車に乗り、モーターサイクルを動かし、2VCに触り、散歩をし、いやはや、何をしてるんだろう、ああそうだ、鶴岡まで、新作日本刀展を見に行ったし。結構良い毎日を僕は過ごしているということか。


誤解、深読み、思い込み。

面白い毎日は、
こういう風にしてできていく。





2017年 5月20日
快晴。乾いた熱い空気。

この前、ラスコー展を見てきて以来、大地の子エイラを再び読み始めてしまった。普段は忘れているが、読み始めると、次の文章が浮かんできて、僕はほぼ暗記するくらいこの本を読んでいるんだなとわかってくる。僕が、こうしてここにいることが出来る、これまでの人間の遺伝子的な歴史が、一気に普段ぼんやりと生きている自分を、襲って、否、揺すってくる感じ。

昨日、気になっていた様々なことが、一応今日まで出来ることは一段落したので、今日こそはと、丸森耕野の「スローバブックス」発見にクロスカブに乗って出かけた。これまで何回か出かけて、見つからなかったのだ。今回は、電話で連絡もとり、すごく小さいとはいえ、メールで、地図も送ってもらい、快晴のもと出発。

途中は省くが、今回もやっぱり一回ではうまくいかず、だいぶ山奥に入ってから、諦めて直接電話して、最後の修正をしてもらって、難なく?到着。あのあたりの脇道は大抵個人の家への入り口なので、ご迷惑をかけてしまうのだ。スローバは、極私立図書館と、古本屋が一緒になったような店で、昔は蚕飼ってましたという古い木の家を少し改造して感じのいい夫婦が住んでいる。
まず、ざっと本を見せてもらったが、方向は物語の本が若干少ないのをのぞけば、僕の蔵書とほとんど同じような内容。
なので、珈琲をいっぱいもらって、持って行ったエイラの本を、広縁に座布団を敷いて読みふけった。いやはや。昼少し前だったので、お昼一緒にどうですかと誘われたのは覚えているが、なんて答えたんだか思い出せないくらい集中して読み続けた。全く静かで、良い空気が流れ、自分がここにいることを忘れるくらいいい時間が過ぎていく。どこか遠くで、彼らがお話している声が聞こえる。初め座って読んでいたのは覚えているが、気付いたら縁側に座布団を敷いて、寝そべって読んでいた。いやはや。帰りに古本を2冊買った。仙台より、安い感じがした。そんなことはないのかな。


日が傾く前に帰ってきた。いい1日だった。そこに住むのではなく、そこに行きたいところにこういう風なところを知っていることが僕の財産なんだなあと、心から思える1日だった。あ、そういえばしばらく青根の木村さんちに行ってなかったなと今思い出した。この次は青根の沢で水遊びだ。