2009年 3月 3日 快晴。でも、今日は風が冷たい。カンングーで出勤.

最近ふと気づくと、BSテレヴィを見て時間が過ぎている。NBA(アメリカのプロバスケットリーグ)をやっていると無条件で見てしまう。国内外をとわず旅系の番組も見てしまう。滅多に無いがモータースポーツも、広い範囲で、やっていれば見てしまう。時々これではいかんとテレヴィを消し、セットしてある自転車のローラー台に乗って45分ぐらい移動しない自転車を踏む。軽く汗をかいて疲れて寝る。という毎日でなかなか更新に至らない。



1年ほど前に携帯電話を換えたのだが、最近、電池がきちんとなくなる前に(三個ある電池容量表示の枠の2個目の中頃で)会話中にピピッと警告音がなって電池切れになってしまう。休みの日に岩沼の営業所に自転車で行って、相談してみたら、この機械の電池はなんとかいう種類(名称忘却)で、これは、1年ぐらいでこうなってしまうのだと言うではないか。この機械は、代金を毎月の使用料支払い時に分割で払っているので、2年間は機種変更不可なのだ。それって、欠陥なのではないかと文句をいおうとしたら、僕はそういうときのために、なんとか言うサービス(名称忘却)に購入時に加入しているので、新しい電池を無料で1個もらえるのだと言う。どうも使用者である僕以外の誰かが、必然的に儲かる仕組みになっているような感じがぬぐい去れないが、ま、治るんだからいいかということになってしまった。
ウィークディの休みには、納税の手続きに行って来た。このブログからとべる「お父さんのひとりごと」を新聞に連載していたあたりから、原稿料や講師謝金が、一年を通して計算するとしっかり出てくるようになって、だいぶ前からこの時期、確定申告をしている。本来、公務員のこのような給料以外の収入は厳しく制限されていて、ま、そこから漏れるのなんか最近はほとんどないのだが、むしろ、医療費の支出が最近は大きくなて来て、そっちの控除のためにやっている。僕は、毎週鍼灸に行って、体調のリセットをお願いし、脳神経外科関係や前立腺や歯の点検なども痛くなる前にとちゃんとやっていたりするので、なんと今年は、20万円を超す医療関係支払いをしているのだ。ついでに、カミサんと胞夫さんの手続きもする。今日は一日これでなんとなく待ちくたびれて過ぎてしまうのだろうなあと、覚悟して朝から市役所に出かけたのだが、ここは岩沼なのだった。仙台と違って、絶対人口が少ないのだ。午前中に終了。ポッカリと時間が空く。金蛇神社の上の里山の大きい樅の木の下の笹の原っぱでヒナタボッコを少しした。風が冷たいことをのぞけば、春になる直前の気持ちのよい青空の下で、気持ちのよい数時間だった。
「お父さんさんのひとりごと」の再販準備は進んでいる。ただ年度末にかかるので、実際に動き始めるのは、来年度に入って印刷屋さんが少し暇になってからのようだ。後しばらく待っていてください。

2009年 2月15日 快晴で風強し。暖かい。春のジャケットで出勤。

更新が又滞り始めている。体がコタコタになるような忙しさはないのだが、休んだ気がしない毎日が1月以来ずうっと続いている。連休だった筈の休みはなぜかとびとびの単発の休みになり、その個別の休みの日は、孫と山に行ってしまってこれは具体的物理的にコタコタになり、一息つけそうな日は病院が入ってくる。そうこうしているうちに、毎年我が家ではこの時期恒例の事件がやっぱり今年も起こり、これまでは、爆発や火事なんかで火の回り関係だったが、今年は水害。でも、ま、水は、乾燥注意法発令だったから一日で乾いてくれたので、あまりストレスにはならなかった。思いつき考えたことを思いつくままにメモしておこう.



20年ぶりに美術館に来た人がいて、最近は僕にも孫が出来て云々、こんな感じの男の子なんだという話をしたら、間髪を入れず「それ若い頃の(=20年前の)齋さんとそっくりですねえ」と言われた。「それって隔世遺伝寸ですよねえ」という追い打ち付き。ううむ、僕は、彼と似ているという自覚はあまりなかったのだが、言われるとたしかに、(死んだおふくろなどからの話に聞いた)子供の頃の僕と同じようなことを彼はする。彼を見る目と付き合い方が少し変わった。いやはや。
□今年10月、小中学校の美術教育研究大会東北大会が仙台である。そのための研究に混ぜてもらうことにした。最近だいぶこっちの方(美術館での教育活動)もまとまって来ているので、結構相談に乗れることもあって、なかなか面白い。人間は、同じ言葉でもその人が持っている概念で理解していくので、丁寧に実際を見せて、その概念自体を変更していかなければいけないのが面白い。今年の活動が終わった時に何かまとまるといいのだが。
□「お父さんのひとりごと」を再発行する作業を本格的に始めた。何回か、本欲しい人は連絡をと言って来たつもりだった。欲しい人は特にいないのだと思っていたら、「たくさんいるのだが、齋さんが怖くて言い出せないでいるのだ」と言って来た人がいて、決心した。僕は怖くない。至って気さくだ。そう話したら「そのとうり。一言、本が欲しいって言うと、あなたは10言ぐらい返してくるので、みんな怖いと思ってしまうのだ。その人は本が欲しいだけなのよ」と言ってくれる人がいた。なるほど、そういうことはあるな。反省し、さしあたって、前に作ったのと同じ(表紙はもう少し厚い紙にしようと思う)仕様で再販できるかどうか調べてもらっている。しばらくお待ちを。
□ライオネル-ファイニンガーという人の展覧会が始まって、世紀を股にかけて生きるということの意味を考えた。各自の意識が世界を形作っている。その意識が自分の見ていると思っている世界だ。空をキュビズムで見ることが出来る意識を自覚したい。というようなことを考えながら、宮教大や生活文化大の卒展を見、美術系各種学校の卒展を見ると、今、僕たちがしなければいけない美術教育は、もう手遅れなのだなあという気がしてくる。でも、シコシコ続けるしかないのだが。毎日の活動を丁寧に手を惜しまずすることにしよう。
□他にも何か書きたいことがあったけれど、もう眠くなったのやめる。