天気良いんだから
外で遊びなさい。
から始まる勉強。

物凄く基本的な
発想の理論。


2014年11月26日 
一日中冷たい雨。

今朝は9時過ぎに起きた。うれしい。しばらくぶりで、起きたい時に起きる日が来た。
でも、だから、今日は一日嬉しい雨降りだ。

10月も何やかにや忙しかった記憶があるが、11月に入ってからの休みの日も、何やかにや入ってきて、今日は何もない日だと思うと、車のサイドをこすってしまってなおしに行ったり(それはそれで面白かったーしばらくぶりにモーターサイクルの友人の工場を訪れたーのだが)、とにかく16日日曜、茨城県立近代美術館の「わからないのすすめⅡ」に呼ばれて活動をしに行ったのがピークだった。
とは言えその週も連日、例の石のワークキャンプをする山を見に、人を連れて行ったり、大学に授業に行ったり、9月にした沖縄の集中講義のまとめの書類仕事をしたり、福岡から来た5歳の友人の手紙に、全部ひらがなの返事のはがきを書いたり、茨城の水戸に行くための切符を買いに行ったり(結局、東北本線小山乗り換え水戸線、常磐線経由で行く事にした)、土曜日からいなくなるために起こる状況の事前の準備をしたりしているうちに土曜15日になってしまった。水戸まで在来線を使って行って、そして帰ってくる行為がいかに魅力的だったかは、別に話そう。何はともあれ、日曜日、「わからないのすすめⅡ」展で、午前中、展示作品の前で(いわゆる)美術探検、午後講堂でお話し。別の美術館には別のやり方と考え方がある。善し悪しの問題とは関係ない。でもやるべき事はそんなに変わらない。機会があったらこれも別に話そう。活動が終わってから普通に電車で帰ったので岩沼の家に着いたのは夜10時だった。

でも、次の日の朝8時半に東仙台にある脳神経外科に診療の予約がある。岩沼からその時間にそこに行くには6時半発で自動車で行くしかない。という事は4時半起き。次の日火曜は朝1時間目に大学での授業。これも、岩沼から仙台の北側の団地のふもとまで行かなければいけないので同様に4時半起床6時半発。いやはや。水曜は、早起きする事はないが、午後から山形市の小学校教員図工研修会での講話と活動のため昼前に山形市へ。そしてその帰り、山形の古い漬物屋の付属食堂で、つけもの膳という大変うまい夕食をとった。うまい白米のごはんとみそ汁、それに9種類の漬け物、小鉢(菊花おひたしと、キノコのおひたし)2種。ごはん食い終わった頃に、店の人が奥からちらっと顔を見せて「おかわりします?」とにこっと笑う。いやはや。もちろんおかわりしました。漬け物とみそ汁でごはん2膳。満腹。満ち足りた気分でゆっくり歩いて山形駅まででて、仙山線で仙台に。その電車の中で、本を読もうとして老眼鏡をその店に忘れてきた事に気付く。僕の老眼鏡はペーパーグラスという極薄い特別なフレームの奴で、僕の乱視に合せて作ってもらったレンズ付き。仙台駅に着いてから電話。この電話の遣り取りが、又心温まるもので、相当感激。山形の人って、なんでこういう風な対応が自然に出来るのだろう。どんな所でも、どんな人でも、少なくとも、僕が出会った人達に関しては、山形の人達は、みんなそうなのでやや驚く。洗練された昔の田舎の日本人。店の人は送りますと言ってくれたのだが、行けばうまいごはんが食えるのだから、もちろんとりに行く事にして、この前の日曜23日、朝ゆっくり出かけた。

何も決めずに出発。仙台駅前から高速バスで行こうとしたら、その日は3連休の中日で、すでに長蛇の列。急遽仙山線に変更。駅に戻ると時間ぴったりの電車が入っていて、すわれる。山寺まではやや混むも、そこから先はガラガラ。北山形下車。山形駅は最近Suicaが使えるようになったので、一駅手前の北山形ももちろん使えるのだろうとの読みは見事に外れ、北山形駅はまだSuica対応ではなかった。のだが、そこでの一人しかいない若い男子の駅員の対応が、これ又山形の人の典型で、へりくだるでなく切り口上でなく、困った状況におかれた普通の気のいいお兄さんが、親身に相談にのってくれるという対応。普通の気のいいお兄さん自体がすでにいなくなってしまったのかな、今の日本では。そこからゆっくり歩いて市役所裏の店へ。今日のランチは鱈汁。美味い。僕は魚は苦手なのだが、何も残さず平らげる。口の中で鱈が皮ごととろける。いやはや。眼鏡を胸のポケットにしまって山形駅まで裏通りを巡ってゆき、うまく時間があった新しいカラーの山形新幹線で、福島駅にでる。ここまで遠回りしたのだから、これまたうまく時間があった、阿武隈急行に乗って岩沼まで。ついてもまだ明るい4時前だった。今日は千秋楽だったので、その後はテレビで、相撲三昧。豊かな一日になった。