見えない物の

アナログ的認識。

見える物の

意識的アナログ認識。


2022年 9月19日

窓の外の木の枝が、揺れている。

巨大台風が夜にくるという午後。

さて、僕のブログは復活した(はずだ)。ここしばらく心配をおかけしたようで、すまぬ。

基本的には、僕の勘違いで、簡単な手続きのしそこないだった。正しい手続きをしたので、これからも、書き続けられることになった。最近は、様々想うところが多く、このままなんとなく消えていくことになるのかなあなどと思っていたりしたが、ま、そう簡単には消えられないのだった。ううむ。


9月始め、児童館の小さい人たちとの活動を、昔からある神社の裏山でやっていたら、(多分)熱中症になって、しばらく森の中に倒れていた。最近は、体が、自分のイメージについてこられず、アドレナリンだけで体を動かすので、気づいた時には倒れている。救急車は呼ばなくていいと言う分別は、残っていた。ううむ。何しろ「倒れるぞう!」を2本やった後だったからね。

以降、アドレナリンには気をつけている。いやはや。


そういうような状況もあって、作文をする気配とは離れていたら、最近m-sai.netが読めないのだがという連絡が、しばらく音沙汰のなかった友人から、「電話で」きた。それで開いてみたら、開けなかった。ううむ。

最近の世界は、僕が立っている場所とは、何か大きく変化していて、より簡便で、より表層的になっているように思える。僕も、電脳にはお世話になっているが、検索に使う場所や方向と、言葉の意味が、すでに大きく変わっているように思えて仕方がない(ことが多い)。で、一応自分でやってはみたが何かより複雑に事を広げているような気がして、このブログを開設した時(思えば、50年!ほど昔。既に消えてしまったテキストソフトで始めたのだ)に世話をかけたMr.Ameeに連絡をとって、来て見てもらった。開いて、覗いて、あっという間。餅は、餅屋。ううむ。後、何日か何もしなかったら、全部消えていたかもしれないという、恐ろし話つき。ま、とにかくよかった。