天気良いんだから外で遊びなさい、から始まる教育。

ごく基本的な発想から始める理論。



2013年10月16日 
凶暴な台風が来ているはずなのだが、高曇り。 

朝一番で、来年2月に行くことになっている沖縄県芸大への飛行機の切符を買いに(予約は済んでいるので支払いをしに)行くことにしていたのだが、凶暴な台風が来て、昨日の夕方から鉄道は今日の運休が決定。午後まで外に出ないようにとラジオで言っている。でも、僕のいる岩沼は、今午後1時で既に高曇り。風は吹いているけれど、確かに微風ではないが、という程度。もう過ぎて行ってしまったのかな。岩沼は、なぜか、いつもこんな感じ。阿武隈川がうまい具合の所に流れていて、うまい具合にやり過ごしてくれているのだろう。電車が動き始めたら仙台に出かけようかと思う。と書いたところで強い風が吹き始めた。

というような理由で、今日の午前中、ポッと時間が空いたので、10月1日から始まっている宮教大での授業の整理をしていた。これまでの大学の授業と同じに、継続して行う授業のときは各自にカードを渡して感想と質問を書いて出してもらい、それを出席カードにしている。出席を確認しチェックした後で、丁寧に彼等の文章を読み、考える。単純素朴な質問が多いので、その分こちらが考えるところは大きく多い。この感想質問を持ったまま、欠席しないで最後まで寝ないで聞いていれば、その質問に答えが出るためにこの授業をしているのだがなあ、という質問も多い。

僕が授業で話していることは支離滅裂で全くアカデミックではないなあという自覚が、こちらにはある。1回目の質問に個別に答える(といってもかいつまんで)というのを2回目にしていたら、提出者の半分もいかないうちに時間が(1時間半の)来てしまった。そもそもの基本オペエレ-ションソフト上の言葉の概念を点検修理しているうちに終わってしまう。何処から始めたら良いのだろう?ということを自覚する授業をするのだなあ、と思う。

何しろそもそも「美術による表現」とか「イメージと表現」という最初から美術の奥に飛び込む授業なのだが、その美術という概念が図工のまま+ぐらいのところから始まってしまうので(たぶん)そちらにもこちらにも、大変なのだ。
初めに点検しなければいけない概念。美術。教育。歴史。日本とそれ以外の国。基礎教育と大学での教育。視覚表現。そもそも表現。見る。評価。生きていく。感性。西洋画を習っている。日本画は習わない、が、僕等は日本人だ。絵の価値。歳を取る。ここに生まれる(た)。いやはや。これらはすぐには理解できない。理解できてどうなるというモノでは(も)ない。では、私達はなぜ教育をしたがる(する)のだろう。

なんてことを考えていたらアッという間に1時半。風もやんできて高曇りどころか、薄日が射してきた。でも空気は一気に冷たくなってきた。