毎日気づくことがある。
なんと恥ずかしい
毎日だったのか。

これからも
気づき恥ずかしがる
毎日なのだろう。


2020年 3月22日  
生暖かい湿った空気。
無風。深い曇。ひやっとする体感気温。

昨日は快晴で、その前の日のような強い風も吹いていなかった。そこでだいぶ前から誘っていた、家族全員(柴犬ゴロー含む)をピカソに乗せて移動し、車を槻木南端の山神社駐車場に駐め、神社にこんにちはをしてから、歩いて滝沢不動に行き、戻る途中、白く光る蔵王連峰を満開の梅?桜?の木の下で眺めながら昼飯を食い、元気の戻ったところでそこから山道を東に辿って岩沼の深山190メートルに登り、そこから引き返して駐車場に戻って帰宅。面白かった。

僕にとっては、ここ1週間のうち3回目のハイキング。槻木のこの辺り、正しくはなんという地名なのか調べていないのだが、いつ来ても気持ちの良い土地柄で少し時間が出来た時にはよく来る。一人で来る時は大抵小さなモーターサイクルで来て駐車場においてはいたのだが、一の鳥居から駐車場までの細く荒れた上りの山道が、3ナンバーのピカソにはギリギリに思えたので控えていたのだ。この前出会った地元の人に車で行っていいのよと聞いて、今日は敢行。実際に敢行すると、ピカソによる4輪トライアルのようなもので、僕は面白かったけれど、車と、それに乗っている人たちには単なる恐怖だけだったのではなかったか、という上り下り。

2020年 4月19日  肌に感じる温度は冷たいのだが、空気そのものは生暖かい春。深い曇り空。

この前は槻木側から深山に登り、再び山神社に戻って、帰宅。最後、みんなが車に乗り込む直前にゴローが逃げて少し騒動だったけれど、ま、面白かったねで済んだ。そのあと、今度は岩沼側から深山に登り、頂上でお湯を沸かして、ラーメンを作り、それとおにぎりで早めの昼飯を食って千貫山経由で車まで戻り帰宅。

で、今回は、岩沼側から深山頂上まで登り、そこから少し槻木側に降りて昔の細い山道に出て南下。鬼石の上の道を通って杉林の中を山神社社務所まで下り、県道脇の広場で、昼飯を食い、来た道を戻って再び車まで戻るというコースを目指した。僕以外の人たちは快調にして順調。
僕は深山山頂まではなんでもなかったのだが、路が下りになり始めたら、右足が膝の少し上のあたりを中心に震え始め、継続して下れ(歩け)なくなってしまった。で、昼飯後、僕とゴローとD作だけ山裾を大きく回って、岩沼側の登り口に戻ることになった。大変おじいさんらしい面倒のかけ方の見本。
少し風が寒いと、日当たりのいい裏庭の木のベンチに犬と座って1日お話の本を読んでいて、ろくな運動をせず、イメージだけは元気な時のままなのだから当然の報い。こういう時に限って、3本も持っているサポータータイツを履いてこないでいたりする。

僕は退職後、存在そのものが不要不急で居たいと心がけているので、このような状況になると少し困る。普段歩き回っているところを再び歩く。普段も誰とも合わないが、ここに来ても相変わらず誰とも会わない。みんな何してるのかなあ。というような毎日だ。



人が一人で居ること。
その自覚が、
近代になったということだ。

その上でこそ
話し合いが始まる。


2020年 2月 1日
快晴。冷たい風。流れる白い雲。

2月3日に仙台から飛行機で那覇に移動し、4日から3日間沖縄県立芸大で博物館教育論の集中講義。3日間1時限90分の講義を1日5回。3日間で計15回。

早く起きて、朝7時からのホテルのバイキング朝飯を食い、8時40分の授業開始までに、ホテルのある国際通りからモノレールで首里まで移動し、終点の駅から少し歩いて大学まで行き、30人の新しい学生に3日間話をする。
1日話だけの日もあるけれど、何回かのワークショップの実践と、講義の仕上げとして沖縄県立美術館で美術探検と美術館探検の実践。この実践をすると、ああこれまでの怒涛のような話はこういうことだったのかと、みんな安心する。この実践までは、どんどん学生の不安が溜まって行くのが、こちらにも伝わってきてつらい。という活動。ほとんどアドレナリンの力だけでやっつけてしまうのは、美術館にいた頃と変わらない。
1月の後半はずうっとこのための勉強。そういう時に重なって、振込みのお金が口座に足りませんよというお知らせや、大学の時大変世話になったT先生が突然亡くなってしまったり、何やカニやの事件が起きて動揺する。思えば、今年は年賀状の返事を書かないでしまった。なにしろこの時期、基本的に僕はアメリカンフットボールを見続けているわけだし。

12月の半ば、FM名取という地域ラジオ局から呼ばれてラジオ番組で美術を巡るお話をした。本当は美術館を巡ってのお話を聞きたかったのかもしれないが、時間が決まっているのでそこまでたどり着けなかった。なぜか同じ頃NHKからも電話があって、毎夕方にある5時だっちゃという番組でお話ししないかという相談。これも美術館を巡って。でも、みんな、ここ10年ぐらいの県高校美術展見続けていないでしょう?基本的にそのぐらいしてないと、宮城県の美術の有り様について意見を言うのって、うまくわかんないと僕は思う。
だけど、とはいえ、最近はもう美術って図工と深く同じになってきていることすら点検されなくなってきたので、俺はもう一人で静かにあっちこっち見て回る方が忙しくなっているんだよなあ。時々、もれきく他の国の美術の流れを聞くにつけ、僕たちの国では、僕の知っている美術はますます端っこの方に行ってしまっているようで、もういわゆる展覧会は見たくないことの方がが多いなあ。
4、5歳の若い人間が一生懸命何かしている姿とか、新たに家族になった5歳の柴犬と田んぼの中の広い砂利道を山の方まで歩き回るとか、世界というものが常に見る側にあることの楽しさを味わって点検し直すような生活の方が僕には忙しくて面白い。