挨拶は、声を合わせてそろって言うものではない。

普通に話す挨拶を心がけたい。
やあこんにちは。


2014年10月16日  
昨日は乾いた空気の快晴。
今日は湿った肌寒い厚い曇。

今日は本当の所、ベッドから起き上がったらそのままバッタリ倒れて再び深い眠りに陥りたい気分なのだが、木曜日なので身体を何かからビリビリ引き離す感じで美術館に出勤してきた。沖縄にいたのは9月の20日前後だったのに、もう10月も半ば。いやはや。疲れがどっと出てきている。

9月の最終金曜日から仙台白百合女子大の後期の授業が始まった。毎週火曜の1時限目。9時からの授業に間に合うためには、結局6時半に家を車で出るのが最も効率的である事が判明。途中に4箇所渋滞する交差点がある。しばらく火曜は早起きだ。

10月に入って上の娘悠記が沖縄から戻ってきて、7日から12日までSMT裏のギャラリーで個展。もう彼女は普通の絵描きで、今回は連れ合いも一緒に来ていたから、僕は特に何もしないのだが、車の関係で13日は展示の撤収と、売れた作品の搬送、売れなかった作品の搬出手伝い。台風が来て、微妙に運搬に手間がかかる。でも直撃ではなかったからそうとう助かった。

それら決まった活動とは全く関係なく、市内の市民センターに出かけ老荘大学で90名を相手に美術と美術館(社会教育施設)を巡るお話。2年おきに来る幼稚園の年長組(20名を1日1クラスずつ2クラス2日間)の人達と美術館探検(だけ。粘土は無しだったから引き受けた)。関わっているNPOの活動で、児童館の子供達(ということは小学校低学年中心)45名との昼飯を食器から作って食う外遊び。

14日大台風で電車軒並み運休をかいくぐり、じっくり時間をかけて明美さんと彼女の病院に行って検診投薬。県の芸術祭が始まっったけれど、今年はなんだか期間が長くて、ぜんぶは見に行けなかった。で、意識的に行かなかった寄り合いがこの他に1件あって、本当はその会合も大変大切なものであるのは承知していたのだが、優先順位から、あきらめて、倒れないようにする方をとっって、その日は1日休養。

書き並べると、たいしたことなかったように思えて来るが、思えば今日は16日で沖縄から帰ってほぼ2週間。これらが重なって起こってくるので、なんだか休み無しにクルクル動いていたように思えて来る。なので、頼んでいた渡辺さんのパンをとりに行くのをスッカリ忘れていたりした。

大学での先生にしろ子供達との活動にしろ、とにかく他人と関わりのある活動では、始めるまでは「みんな違うのが当たり前なのだから基本的には自分をあまり出さず、全体的には適当にやろうと思っているのに、面白いことが始まるとつい一生懸命になってしまって、結局様々言いつつ、やってしまった活動が終わると、コタコタに疲れている、ということの繰り返し。基本的に真面目な性格が、なんと言ったら良いのか、裏目に出ている?




本当に怖い時は、
大きい声で泣いてかまわない。

泣くのを我慢すると、
もっと怖くなるから。


2014年 9月27日  
雲の多い秋晴。乾いた涼しい空気の微風。

今年の秋の一大イベントだった、沖縄県立芸大での博物館教育論の集中講義を終えて、24日に帰還。数日寝て過ごしたい感じがあるが、25日から出勤して連日何やかにや熱心に働いている。

沖縄日誌。
17日、午後那覇に到着してモノレールで大学に行ってみる。様々な部分の確認。那覇のビジジネスホテル泊。
18日、ホテルで朝飯を食っていると、テーブルの上にヤモリの子供が出てきてちょろっと動く。冷房が入っているので動き鈍し。それを横目で見つつ白米ご飯を食う。ヤモリを見るのは幸先良し。
首里に出てまずタマウドゥン(王墓陵)に行き、その後、そのまわりのウタキ(御嶽)やヒージャー(樋川-泉)/ガー(河)を歩き回る。首里城のまわりは王家にまつわる古いポイントが結構ある。本当のウタキは、ポイントのまわりにはこの方向など沢山お知らせがあるのだが、ウタキ自体は昔のままにしておかなければいけないので、人間の手を入れられず、不思議な(それは時として不気味なになるのだが)状況になる。落ち葉や、岩の崩れや、植物の繁茂がそのままになっている。ただ自然が無秩序にあるだけの場所。普通にある(人間にとって)無秩序な自然は、今の僕に普段感じた事のない感情を思いださせる。怖いに近い、恐れ多い感情。僕達は来すぎてしまっていないか。
19日、沖縄県芸で博物館教育論講義1。主に教育概念の点検。90分×5時限。
20日、沖縄県芸で博物館教育論講義2。主に美術概念の点検。90分×5時限。
21日午前、沖縄県芸で博物館教育論講義3。総括的に博物館概念の点検。質疑応答。90分×2時限。
午後、沖縄県立美術館に移動して講義の実践を公開、美術探検と美術館探検。2時間×2回。少し早いが終了。コタコタで声は枯れている。
22日、沖縄市に住む娘夫婦と沖縄中部を巡る。ものすごくゆっくり勝連城散策。ヌチマース(塩)工場に行って塩を買い、食事。橋で行ける島に行って沢山のウタキとガーとを回る。最後に台風がらみのスコールに遭う。
23日、気にはなっていたのに今まで行けなかった識名園(王の離宮/庭園)に、朝一で行く。昼過ぎ国際通りに戻り昼飯を食った後、北谷のアメリカンヴィレッジで、お土産を買いあさる。
24日、午後の便で帰仙。台風は直撃しなかったが飛行機は少し遅れ、帰って来たら東北線の電車も少し遅れ、家に着いたのは8時過ぎだった。

今回、初めて沖縄のハイシーズンに滞在した。2月だと何時行っても昼飯が食べられた(本に載っている)レストランは、予約しないと1時間待ち。でも、そのため、学生等に聞いて、地元の人達が普段昼飯を食っている食堂に行くことができた。普通のユシ豆腐定食。何なのこの量は!の毎日。
沢山のタンクトップと短パンの人達(地元の人はあまり肌を出さない)がいて、どこに行っても声高な中国語が飛び交っている。でも、僕が歩く御嶽への道には誰もいない。観光ポイントでもらった無料の地図を使って行って見ると、地図では直交しているはずなのに、那覇の道はほとんど直行していない事に気付く。Y字型に次々道が重なって来る。そこに高低差が加わる。石敢當の必然が身にしみてわかる。もらった地図では隣り合っているのに、行ってみると行きたい所が実は重なって存在する。だから、そこに行く道は別々で、辿り着くには丘をぐるっと一回りすることになる。
この時期沖縄は連日33度で、すぐにTシャツが汗で濡れてくる。でも充実した神聖な毎日。