山の中に、大きい石が1個ある。

森の中に、周りと関係なくある。

大きいと寂しくないのか。


2024年 2月29日

乾いた冬の空気。でも、少し歩くとうっすら汗。

2024年 3月 1日

冷たい春の空気。でも、うっすらと細かい雨。


今週になってから、毎日用事があって連日1万5千歩程歩いてしまっている。ずうっとそうなら文句はないのだが、先週のように出歩かない日が続くと、家の中だけ1日二百五十歩となってしまうのが残念だ。僕は歩くのは苦にしない。

前に、移動するのが好きだと書いたことがあったように思う。手段を問わず移動するのが好きだ。だから前は、沖縄で集中講義があれば、喜び勇んで飛行機に乗り、浜松でお話を頼まれたりすると、仙台港発名古屋港着ー約丸1日ーのフェリーで出かけ、帰りは常磐線の特急で東京から仙台までー確か4時間ほどかかったのではないかー帰ってきたりしていた。沖縄には、なんとか船で行くことはできないかと考えていたが、未だ実現していない。


詳しく考えると、こういうふうに、僕はどこかに行くではなく、移動すること自体が好きなのだ。だから、歩くと同様に、電車に乗ることが好きなのであって、電車や鉄道が好きなのでは、多分、ない。電車に乗って、窓の外を風景が流れていくのを見ているのが好きだ。思えばほんの少し前まで、僕たちの移動はほぼ全部歩いての移動だった。だから、そのことを自覚しながら、ちょっとその辺を歩き回ると、だいたい100年前の人達が見ていた景色を今でも体験することができる、ように思う。


僕はお爺さんなので、定期的に病院に行き、薬を処方してもらう。毎朝晩、手のひらに小山ができるほどの薬を飲んでいる。思えば、見た目は元気で脳天気な爺さんのようだが、冷静に考えれば、2000年に入って以来、脳内出血で頭蓋を開け、心筋梗塞で、手首血管から器具を通して心臓の裏表に3個のステントを埋め、前立腺肥大検査の数値で何回か癌検査を受け、逆流性食道炎で血を吐いて、口から胃の出口までと、肛門から小腸までの大腸全部(ということは小腸を除く腹の中全部ということだが)をカメラで詳しく検査された、という経歴を持つ。

詳しく書き出してみると、この前行きつけの病院で、「齋さんって、本当は基本、安静にしていなければいけない人なんですよ。」と言われたことに納得がいく。ううむ。


今日は僕の最初の孫の高校の卒業式だ。本当に、僕はもう、十分に長く生きたのではないか。





 ほら、向こうに見える。

あれは人が積んだものか?

葉が影を作っている。

2024年02月21日

透明度の高い空気の中を、細かく硬い雪が降る。


昨日の午後、榴岡公園の脇で、ある打ち合わせをするので出席してと言う連絡があった。これ幸いと早めに出て、駅東をうろつくことにした。あの辺は僕の中学校の学区だったし、高校への通学路でもあったから、懐かしい。仙石線が、まだ地上を走っていた頃のこと(ああ、僕はよく知っている)を、榴岡小学校の3年生の人達が研究したのを、駅東交流センターで展示していると新聞で読んだので、まずそこに行って見よう。ううむ、これが大変だった。


駅東には、榴岡小学校児童館での活動などで駅から小学校までは、直行で何回か行っていたし、宮城野原へ向かう広い通りのマンションには親戚が住んでいる。だから、ま、昔と同じに歩いていけばなんとかなるだろうと軽く出かけた。それは、間違いだった。僕の知っている通りの奥は、僕の知らない世界になっていた。

まず、ほぼすべての道が歩道付きの、広く直行するものになっていた。その道に面して新しく高いマンションが立っていてそれらの間に大きな(たぶんそのマンションの地主さんか?)個人の住宅があり、そうして何故か、多くの、様々な、古い、平屋の食堂。呆然としながら僕は、その中の食堂の一つでタンメンを食った。


広く直行する新しい道は、頻繁にクルリとループする細い道を含む。たぶん、新たに(たぶん、無理やり)区画整理をするときには、様々な、そうしなければいけない理由が起こるのだろう、と思うくらい。

何回もフラフラと、そいうループする通りを歩いていると、その行き詰りのあたりに突然ぽっと小さい神社が、大抵は小さい公園と共に、まるで裸で出てくる。この辺にはこんなに神社があったのかと感心するほど出てくる。榴岡天満宮がある小山(榴ヶ岡)の裾だからだろうか。昔からこの辺にはこんなに神社があったのか。昔この辺りの鉄砲町や、二十人街を歩いていた頃は、こんなに神社があったという記憶はない。出てきたのかなあ。こういうの本当に面白い。こういうのが普通にできて、やってしまって、ほとんどの人が文句も言わず(僕も含め)お参りしている。日本。


ちなみに、僕に、特定の神はいない。でも、日本人をやっている。まず人間だが、何故か日本に生まれ日本人になり、最近は意識的に日本人ををやっている。しようがない。そうすると、特定の神はいないが、ゾッとする感じは頻繁に起こる。お爺さんになってからは、一層、頻繁に起こるようになった。

だから、神社はお参りするが、例の形式的なお参りは意識的にしない。あれは、神様なんて本当はいないと信じている人が為る物だ。ゾッとできる人は、帽子をとって、「やあ、きましたよ、今日は」と、心の中で話しかける。誰にかはわからないが話しかける。それだけ。それでここまできた。


ということを知らず知らず考えてしまうほど神社があった。なんだかやたら近代的に変わってしまった街にある無数(でもないか)の神社。本当は、これだけで、売り物になるんじゃないか。