2009年 8月 24日 夏らしい一日。晴れて暑い。


しばらくぶりに土曜日から今日まで連休。金曜までは、のんびりとあれもしたいこれもしたいと考えていたが、そうはうまくいかない。なんだかあたふたと過ぎて行った。でも、土曜日はほぼ一日古い友人と過ごすことが出来てぼんやりできた。夜帰ると友達のまKさんが来てくれて夕飯を作っていてくれた。彼女が時々来て冷蔵庫の野菜をうまく使い込んでくれるので、腐らせず有効な温野菜になる。僕は野菜を買うには買うのだが、気ぜわしい毎日でどうもうまく使えないことが多い。助かる。彼女は流しの下の整理もしてくれて、日曜日、一緒に、様々な棚をニトリに買いに行く。常々気になっていたところを、一気に整理整頓してしまう。


土曜の夜は世界陸上男子マラソン等を見て早く寝る。僕は陸上部の出(高校までは陸上部の中長距離走者)なので、陸上競技はつい走ってる気になって見てしまい疲れる。槍投げとか砲丸投げとか3000障害とか10種競技とかいろいろ面白いのがもっと見たい。マラソンも、1番は誰かはもちろんハラハラ面白いが、8番(入賞)争いとか20番争いとか最終着にならない(なりたくない)争いとかも見たい(ハラハラドキドキで面白い)ものだ。

月曜は、前からお願いしていた植木屋の広N君が来てくれて、庭の夏かたずけ。雑草だらけだったのを広葉樹の明るい林の感じ(自分だけそう思っている)にしてくれる。自分でも少し草むしり。

でも、これらの作業をしつつ、主にずうっとしていたのは自転車の修理。昔乗っていたゲーリーフィッシャーのCR-7(マウンテンバイクの基本型)を娘の同居人にあげていたのだが、最近調子が悪いというのでちょっと持ってきてみてみたのだ。ううむ、これは、簡単に言えば放置自転車だな、ということになっていた。良い自転車は、きちんと手をかけていないとすぐ、すごく駄目になる。まず、リアタイアのパンクを軽くなおす、はずだったが、何回か失敗しつつほうほうのていでなおす。ほうほうのていになった理由はもちろん様々あるのだが、ううむ、基本的な作業に左手が着いてこない。脳内出血の後遺症がこういうところで出る。簡単な作業を何回もやり直しつつ休みつつ、諦めずに続けて、最後に力ずくではめ込むなんて事をしていた。大した事も無い作業なのだが、この自転車には街乗り用に泥よけや荷台やベルや何やかにやが付いていて、それらが、作業中やたら邪魔になる。それも、ほんのあと1ミリの半分ぐらい出しゃばっていて、でもそれは硬い鉄なので、ちゃんと手続きをしないと、絶対ピッタリはいらない。若干苛つく。それが終わってから、今回のメイン整備のブレーキ分解掃除。のはずだと固く信じていたのだが、これまた様々な面倒をじっくり克服しつつ分解組み立てをしてもびくともしない。忙しいとこ大変申し訳ないのだが、僕の自転車関係テクニシャン、いつもの達O君に電話して「すまぬこれこれこうしたのだが動かないのはなぜ?」と質問。「ああ、それブレーキ本体でなく、たいていそういうときはワイヤのオイル切れだと思いますよ。」 ギャフン。やっぱり専門家に早く聴いた方が良い。で、再び散々手こずりながらワイヤにオイルをさして、散々手こずりながら組み立て直して、でもやっぱりスムースに動かない。ここに来て一応決心がついて「もう今日はやあめたっと」ということにした。

なんだか、かえってストレスがたまった感じもするが、庭はすっきりしたし、自転車も、ま、前よりはすっきりしたので、今回は良い休日だったということにしよう。ちょっと腰がいたい。

2009年 8月21日  今日も曇り。暑く厚い曇り。


最近このブログの更新の度合いが頻繁なのは、特に意識してのことではない。本人は以前と同じ感じで書いているのだが、ふと振り返ると、最近はほぼ毎日書いていたんだねえ。更新の仕方や手順は冷静に考えれば前のスタイルの時とほとんど変わらないのだけれど、ううむそうか、マイクロソフト系からアップル系に変わったのが大きいな。理科系から文科系へ。わかる人にしかわからないかもしれないが、これは大変大きな問題だと僕は考えている。今の世界は、みんな意識しないうちにウインドウズの仕組みで物事が考えられ進められているように見える。だから会議がつまらないのだ。本当なら物事を進め展開して行くために、みんなで知恵を出し合うのって、凄く面白いことなはずなのに。俺だけかなあ、これ感じてるの。いかんこっちに行きそうだ。話題を戻そう。
新たなブログは、マッキントッシュのiWebで更新できるようになったので、何となく自分の土俵で文章やページの組み立てをしているように感じられるようになった。とは言え既にできている枠の中で動き回ることについて、少しいずいなと感じているのは前に書いた。とは言え、こっちの土俵での作業は、前よりは気楽にできる。
それから、7月は、気付いたら倒れてしまっていた程なんだか気ぜわしかったが、8月に入って様々な事情が変わって(活動の量はそんなに変わらないが)まわりを見ながら仕事ができるようになった。昨日も3年生の団体で大混乱だったが、今日予約されている活動はほとんど打ち合わせだけだ。ほぼ一日ひっきりなしだが。
同様の理由から、通勤が元に戻って電車及び徒歩主体になった。出勤のほとんど毎日、仙台駅から美術館まで往復歩いている。家から駅までパパチャリで5分+電車20分+仙台駅美術館徒歩45分。帰りは本屋や買い物などが入ることもあるのでもう少し時間がかかる。荷物があることが事前にわかっている時だけカングー(車)を使うが、後は歩く。歩くといろいろなことやものをユックリ見ることができる。目から入る情報の刺激は、僕の記憶の中から様々なファイルを、とりとめもなく引き出してくる。歩いていると時間は歩く速度で進むから、それらのファイルを点検する時間ができる。とりとめないファイルの組み合わせは、そこから始まる世界の幅を、きちんと整理されたファイルの組み合わせで始まるものより、一気にかつ圧倒的に拡大しやすい。もちろん良い時も悪い時もあるが。歩いている時に思い出し考えることのあらかたは歩くのが終了すると忘れてしまうが、終了しても忘れなかったり、思い出せることが少しは残る。それをメモするようにブログにアップする。
文字化することによって世界は確定する。ほとんど自分のためだ。こういうことが重なって、ブログの更新の度合いが早くなっているのだろう。

2009年 8月19日  曇り。少し暑く蒸す。でも空気はなんとなく秋。


相変わらず休みなく毎日働いている。職場のスタッフも同様。今日も一日小学3年生の団体が入っていて、3時過ぎに活動が終わると、担当のスタッフは呼吸が浅くなっているのがわかるほどの疲労。僕はその子供のお母さんたちと大人の探検。息が切れる。僕の夏休みは9月に入ってからだ。1週間連続の休みが取ってある。うまく取れるかなあ。
1週間休みだとどうするんですか?海外とかに行かないんですか?と同僚の若い女子が聞いてきた。ううむ、1週間ぐらいの休みだと僕はどこにも行かないで過ぎてしまうなあ。まず自転車の整備をするでしょう。そしてそれに乗ってそこいらを走り回る。すると、多分、そのことによってまた整備するところが出来てくるので、ゆっくり夜まで自転車を磨く。特別な洗剤で油とグリスで真黒になった手を爪の先まで徹底的に洗って、ぬるい風呂に入って早く寝る。起きて朝飯を食べたら、その自転車を車に積んで(僕のカングーには簡単に自転車が積める装置が付けてある)少し南の海沿いの部落に出かけて半日ぐらいのポタリング。お茶を立てる道具とパンとトマトを持って行ってサンドイッチの昼飯を作って景色のいいところで食べるのも悪くない。僕はあそこいいなというところをいくつか知っている。次の日は同じあたりの山沿いの方に出かけても良い。で、次の日はカヌーを積んで阿武隈川かな。ついでに新しいテントも持って行って、そのまま外で寝てしまっても良いかもしれない。ええとここまででもう4日過ぎてしまう。おいしい昼飯を食うことの出来る景色のいい食堂をいくつかこれに加えて、温泉を一つ二つで、もう1週間なんかあっという間に過ぎて行く。車でなく歩いたり自転車でそこまで行くとか考えると、この作業は10日に伸びる。自分の今いるところの回りでずうっとお散歩続けられるように考えておくこと。何もないところに、なんでもあることを見つけられるように目を訓練しておくこと。そういうことのために美術を使いたい。美術はそういうことのために使える。
自分が、一人で、時間をつぶすことが出来るようにしておきたい。出来るかどうか、しているかどうかも大切だけれど、出来るようにしておくっていうのも、僕は好きだな。先生たちと、授業のゆくえについて話をしているとき、僕が同じ頭の反対側で考えていたのは、おおよそこういうようなことだったのだと思う。

2009年 8月18日  厚い曇。雲の造形が光って美しい。

てんかんの発作以来、再び痙攣予防の薬を飲み始めたので、なんだか体がフワフワしている。でも、このぐらいがちょうど良いのかもしれない。ユックリ進めということなのだろう。

朝から小学校の先生たちの会合に出席して、彼らの話に耳を傾ける。授業の組み立ての点検。少し離れて(物理的ではなく心情的に)聞いていると、人間は自分の経験(頭の中だけのことも含めて)以上のことはイメージできないことに気付く。だから、やはり、自分と同じような経験をして欲しいということではなく、経験を積むと人生が楽しくなるから、あなた個人の経験をたくさん積もうという意欲を培うことこそが、教育の目標であって欲しいと強く思う。

みんな熱心に討論しているのに、大変不謹慎だとは思ったが、みんなすごく熱心なまま、様々な検討に急いで入り過ぎているのではないか。これをどうするかより、私はどうするかの方が美術では大切だ。それを通して伝えたいことやモノを巡って、自分がどれほど広く深く様々なイメージを持てるかを最初に思うと良いのに。それを使って自分がまず遊んでみると良いのに。そもそもそれを遊ぶための自分の生活のスタイルのような物が、あまりに希薄なのではないかなあ。むしろそれさえあれば、たとえなかったとしても、そういうことへの点検があれば、子供たちとの生活は、なんでもないことの繰り返しでも、すごく教育的になるのではないか。そういうことをするのが、出来るのが、大人というものではなかったか。いやはや言うことがすっかりおじいさんだ。なんか、今日一日しみじみみんなの話を見て(聞いてではなく)いて、そういうことを考えていた。

なんとか、みんなでもっと無目的に遊び回らねばいけないなあ、と強く思った。あ、のっつおしろってことか。なんだか頭痛くなるなあ。

2009年 8月16日 晴れ。気温は低い。


今夜、沖縄から帰って来ていた上の娘が帰った。下の娘は少し前に戻っていて、明日からはカミサンと二人だけの生活が再び始まる。カミサンは、ここのところ精神安定剤は飲んでいなくて、いたって、快調のままだ。もちろんん少しずつひとりごと(幻聴)や、不振な動作(幻覚)はあるのだが、もうこの歳になってくるとそういうのは昔ほど気にはならなくなってきている。静かな、緊張溢れる毎日が、また始まる。

2009年 8月15日  お盆。高曇りでなんと鰯雲だ。


今朝、朝飯の用意をしていたら、シンクの脇に小さく黒いゴミが着いていた。流そうとしたら、それはツイと飛び立った。ものすごく小さい虫だったのだ。黒ごまの一粒の六分の一にも満たない大きさの、しかし飛べる生き物。「ええっ!どっかで虫わいてんじゃん」という思いとは別に、この大きさで飛べるんだ、凄いなあと、感嘆した。ちょっと拍手したい気持ち。ああいう虫たちは何の仕事をしてるんだろうということを考えながら、今日の朝の通勤時間は過ぎた。多分、宇宙全体の流れから見たら、僕たちなんかより、ああいうものたちの方が地球全体としてはずっと大切な部分を担っているのではなかろうか。僕も、ちゃんと生きなきゃ、でも飛べないしなあ、というのが今朝の一応のまとめ。

本当は、これまでの経験から、僕は、お話の中に映像を入れるのにあまり積極的ではない。ヴィジュアル化は、世界の縮小/矮小化を促すと信じている。その言葉から、そのイメージだけが呼び起こされるのはつまらないと思う。ビジュアル化は世界をすぐに確定する。ある言葉から各自が各々のイメージを組み立て各自の世界を拡げていくと、多様で独自の世界が現れてくる。そっちの方が美術には、いや人間の社会には大切なのではなかろうかと思う。だから、このブログに使う写真は出来事の確認報告以外、できるだけ曖昧なものにしようと思っている。そうして見ると、ヴィジュアル化に反対な僕のiPhotにはやたら曖昧な写真が沢山入っていた。でも、それだとしてもブログのヴィジュアル化は楽しみだ。

この世に対して彼岸という世界があって、お盆の時だけ、そこから既に逝ってしまった人達が数日帰ってくる。そういうのが何気なく普通にあることが好きで、僕は岩沼に帰って来たのだった。でも、今年は、7月がバタバタ過ぎたおかげで、盆の入りまで充分な余裕のないままお盆は始まってしまった。今年は、仏教的には、母の7周忌なのだという連絡がお寺から来ていたのも、13日に仏壇の整理をしていて手紙を発見したりしている。なんということだ。もうこうなったら、形式ではなく、何となくそういう人たちがうろうろとその辺に漂うことを、心から楽しみたいと思う。

2009年 8月 14日  快晴。なんと気持ちのいい言葉だ。


月半ばにてんかん性痙攣で自分が1週間入院し、退院したと思ったらカミサンが水の飲み過ぎ(としか原因が思い付かない)の低ナトリウム症意識障害で2週間入院するという、なんともはやの7月が慌ただしく過ぎ、8月はユックリしたいなと思っていた。なんとアッという間に14日だ。ずうっと眠い日が続いている。今日、快晴。何かを挽回するには良い気候になった、気がする。


新しくなったブログには、本人がまだなれないでいる。この新しいスタイルは、僕の使っているマッキントッシュ電脳に入っているあるアプリケーションが元々持っているフォーマットを、少し改造してそのまま使っている(知っている人はすぐわかったと思うが)。僕の電脳系エンジニアであるMr.Ameeに希望を述べて意見を聞き、彼に様々助けられながらやっているのだが、これが僕にとっては結構ストレスだ。一生懸命僕の相談に乗ってくれている人がいるのに、申し訳ないが、僕は、本当に誰かが決めてくれている形に会わせるのが嫌いというか、どうもだいぶ下手なようなのだ。たとえ電脳でブログを書くというような単純な作業だとしても。冷静に考えれば、そこの変更はほとんど体制に影響は無く、誰も変更に気付かない、であったとしても自分で決めてしたことでないとなんだか気になる、ということが多い。困ったものだ。とは言え、そのような様々な変更を経て、このブログは、しかしこれまでとはまるで比べられないくらい簡単に写真を入れて組み立てられている。しばらく練習を続けるつもりだ。皆さんも、しばらく微笑みながら見ていてください。


前にも書いたかもしれないが、最近、亘理山本町空間博物館というのがあるのを知って喜んでいる。これは、仙南の海岸沿いにある各部落のお散歩に最適なルートを網羅したもので、その各々の長さも最長4キロぐらいで、僕なんかにはぴったりなのだ。これまで知らなかったのが悔やまれる。幾つかの拠点があって、そこにはトイレと地図が用意されている。拠点と行っても、公民館だったり、古い倉庫(といっても歴史的なものなのだが)だったり、さりげない。ルートそのものも、全く普通の集落の中の道だったり、地図には出ていない近所の人が普段使っている踏み分け道だったり。初めて行くと、こっちで良いのかな?の楽しみもある。まるで、聞くところのイギリスのフットパスのようだ。これまで松川浦に魚を食いに行く時だけに使っていた道の脇にも幾つかの拠点があって、まだ曇り空の続いていた頃の一日、上の娘とそのうちの一つを歩いてみて、嬉しかった。何でもないところに、何でもあることを発見する力が試される。そういうのって美術だと思うのだが。ここのことは、知っている人たちはもう大勢の人が知っているのだろうが、あんまり世俗化せず、様々な意味でちょっとイギリス風に、静かに続いてくれることを心から願う。

2009年8月13日 やっと晴れた。とたんに汗だくだ


今日は偶然休みだった。朝から、Mr.Ameeとこのブログをうまく動かす練習をするつもりだった。でも、世間的には、今日は盆の入り。うちは本家で、僕はそこの長男なのであった。忙しく、気ぜわしい一日が過ぎた。朝、胞夫さんのグループホーム使用料を振り込みに行く。混んでいるかと覚悟して行くと誰もいなかった。仏壇の清掃整理をして、逢隈のACoopに花を買いに行く。電話が来て胞夫さんの介護用品を届けているうちに弟たちが線香を上げにくる。近くに住む親戚の人が来る。時間どおりMr.Ameeが来て、ブログの続きを組み立ててくれる。そうこうするうちに、お寺に行って卒塔婆と提灯をもらってこなければいけない時間になる。同時に今日は木曜日なので、僕は定例の鍼灸の日だ。時間が、迫ってきたので、でも余裕を持って出かけたはずなのに、なぜかいつも空いている裏道は、今日に限って(ああそうか今日はみんなお墓参りか)渋滞。ほうほうの体で今、鍼灸から帰ってきたところ。いったい今日はなんだったんだ。娘がいたのでなんとかこなせたが、一人だったらもう逝ってるね。普通の休日より疲れた休みの一日だった。

2009年 8月 8日相変わらない霧雨の朝。気温は高いが汗は乾かない。


カミサンが退院してからも毎日は忙しく過ぎている。でも沖縄に住んでいる上の娘も帰って来てくれて、娘たち二人+1(小さい♂)が、しばらく家にいるので、毎日は生き生きしている。時々娘の連れ合いの大きい♂も来ると家が狭く感じられて嬉しい。とは言え正直1週間ぐらいぐうたら休みたい気持ち。でも、今日も朝から電車で美術館に来て働いている。ま、当たり前だけど、、。
7月の最終月曜に、明美さんが入院している病院の精神科での検診がありクリア。続いて入院の原因だった意識障害の方もだいぶ復帰が確認され、彼女は7月いっぱいで退院。後でわかった様々な情報を考え合わせると、彼女の入院時の状態は命に関わるレベルで相当ヤバかったようだということが判明。とくに血液中の様々な成分値が、普通ならもう完全に逝ってる!という値だったらしい。詳しくは聞か(聞け)なかったが、、。それで、一見普通になってから、退院までがやたら長い感じがした理由がわかった。病院が退院に慎重にならざるをえなかった程、彼女は実は重態だったのだ。でも、元々内蔵系の頑健な明美さんは軽々とそれらをクリアし、体内からすべての薬やニコチンを抜いたあとは、僕もこれまで見たことが無い程良い状態に見える。この入院の2週間で、入院前80キロ前後だったはずの体重も、65キロをきるまでになったし。
娘たちがいてくれたので、7月の最終週から僕は美術館に復帰。美術館の方も、欠員だった補助のスタッフが8月から新たに来てくれて、やや息が付けるようになった。とは言え同時に、7月末から博物館実習が始まり、日本中から学生がやって来た。また、夏休みに入るので、子供会や子供のアトリエが休みの始めのうちに宿題はやってしまおうとばかりに連日活動にやってくる。小中学校の先生たちの研修も様々色々はいってくるで、連日結構な混みようだ。すると、そういう時に限ってウチのスタッフの研修への参加やシンポジウムへの呼び出しなども東京で始まり連日出張。結果、露骨に人手不足。ううむ、やっぱり休めないよなあ、で連日ここまで来てしまった。
俺、ほんとは病み上がりなんだってば、ということをつい忘れそうだ、注意深く生活しよう。